俳優の神田正輝さん。
『太陽にほえろ!』のドック刑事や『旅サラダ』で知られています。

現在の奥さんについては、1997年に松田聖子さんと離婚してから、再婚を発表した記事は見当たりません。
一方で週刊誌は、長年連れ添う「内縁の妻」と暮らしていると伝えています。
松田聖子さんとの間に生まれた娘の神田沙也加さんは、2021年12月に35歳で亡くなりました。
今回は神田正輝の現在の奥さんは?再婚の発表はなく週刊誌は「内縁の妻」と報道、松田聖子との離婚と娘・沙也加さんという事で、神田正輝さんの奥さんや再婚について情報をまとめました。
神田正輝の現在の奥さんは?再婚の発表はなく「内縁の妻」の報道
再婚について本人は「1回で十分」と話していた
神田正輝さんは1985年に松田聖子さんと結婚し、1997年に離婚しました。
再婚を発表した記事は見当たらず、2017年4月の取材で再婚について聞かれると、こう答えています。
もう僕は1回で十分です。気軽な立場ですので
出典:デイリースポーツ
娘の沙也加さんの結婚が明らかになった3日後に、大阪市内で話した言葉です。
週刊誌が伝える「内縁の妻」と竹下景子似の女性
2024年5月、週刊文春は神田正輝さんが都内のイタリアンで長年のパートナーとされる女性と食事をしていたと伝えました。

写真は女優の竹下景子さん本人で、週刊文春が女性の雰囲気のたとえに名前を挙げた方です。
記事は女性を「竹下景子似」と表現し、過去に数十年の付き合いと報じられた人と見られると書いています。
居合わせた客は、「熟年夫婦のような雰囲気でした」と話したそうです。
女性自身は2024年11月下旬、ゴルフから帰宅した神田正輝さんの車に「内縁の妻」が同乗していたと報じました。
2026年10月14日の記事でも、芸能関係者の話として、長年連れ添う内縁の妻と生活していると書かれています。
「内縁の妻」は週刊誌が使っている言葉で、神田正輝さん本人の説明ではありません。
女性の名前は出ておらず、2つの週刊誌が伝えた女性が同じ人かどうかも分かっていません。
再婚しないのは娘のため?ネット上の説
まとめサイトには、娘の沙也加さんのために再婚しなかったという説も載っています。
本人が2017年に話したのは「気軽な立場」という言葉で、娘の話は出ていません。
理由はあくまで推測なので、噂の一つとして読んでおきましょう。
激やせは「ファスティング」と本人が説明、2026年の近況
2023年春ごろから、『旅サラダ』の放送で激やせを心配する声が上がりました。
同じ年の11月からは約2か月番組を休み、女性自身によると重病説まで浮上しました。
2024年7月には共演者のYouTubeに出演し、ファスティングを1年半続けて太れなくなったと説明して、病気説を否定しています。
大腸の手術を受けていたという報道も一部にありますが、本人の説明は激やせの理由だけで、確かなことは分かりません。
2026年1月には俳優仲間のインスタグラムに写真が載り、以前よりふっくらした姿を見せています。
女性自身は、2026年10月中旬に都内の焼き鳥店で1人で食事をする姿を報じました。
神田正輝と松田聖子の結婚と離婚|「聖輝の結婚」から12年
映画『カリブ・愛のシンフォニー』で共演し、1985年に結婚

元妻の松田聖子さんは、2025年の紅白歌合戦の最後に特別企画で登場し、「青い珊瑚礁」を歌いました。
2人の出会いは、映画『カリブ・愛のシンフォニー』での共演でした。
海外ロケで体調を崩した松田聖子さんを、神田正輝さんが看病したことが接近のきっかけだといわれています。
前の恋人との破局会見から1か月後に交際を公表し、さらに2か月後に婚約しました。
1985年6月24日にサレジオ教会で結婚式を挙げ、メディアは「聖輝の結婚」と騒ぎました。
2人の結婚をめぐっては、所属事務所の大物との関係を取り沙汰するトンデモ説も流れました。
当時を知るレコード会社の幹部は「ありえませんよ」と一笑に付し、結婚があまりに意外だったので出てきた説ではないかと話しています。
1997年に連名のFAXで離婚を報告
離婚が報告されたのは、結婚12年目の1997年1月10日でした。
マスコミ各社に届いたのは、2人の連名による手書きのFAXです。
最近、二人共、家庭と仕事との間で、その両立の難しさに悩み、夫婦としてのバランスを崩してしまったのだと思います
出典:文春オンライン
その後の会見で松田聖子さんは、「相手に求めることとか、責めることばかりになってしまう」と話しました。
日刊ゲンダイは、松田聖子さんとニューヨークで知り合った男性との関係が取り沙汰され、暴露本も出ていたと書いています。
ただ、2人が離婚の理由として説明したのは家庭と仕事の両立で、この男性との関係が原因だったという確証はありません。
2024年の生放送で「昔の奥さん、久留米」
神田正輝さんは、松田聖子さんの話題には長く触れてきませんでした。
ところが2024年4月27日の『旅サラダ』で、松田聖子さんの故郷の福岡県久留米市が紹介されると、突然こう話しかけています。
「昔の奥さん、久留米」という一言に、スタジオの共演者は慌てていました。
本人は「だって別に、変なことじゃないでしょ」と返していたそうです。
神田正輝の娘・神田沙也加さん|2021年に35歳で急逝
2017年の結婚には「早くしなさい」と背中を押した

神田沙也加さんは、1986年10月に生まれた2人の娘です。
2017年4月に俳優との結婚が明らかになると、神田正輝さんは「嬉しく思っています」とコメントしました。
結婚の報告を受けたのは数か月前で、「早くしなさい」と促したそうです。
以前から「30過ぎたら結婚しなさい」と話していたことも明かしています。
孫については「完璧なジイジになってしまいますね」と笑わせていました。
2021年12月18日、札幌で急逝
神田沙也加さんは2021年12月18日、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の公演で滞在していた札幌で、35歳で亡くなりました。
3日後の12月21日、神田正輝さんは松田聖子さんと一緒に札幌で報道陣の取材に応じています。
あまり2人とも話すようなことではないので、しばらくの間そっとしておいていただけたら
出典:文春オンライン
25日には『旅サラダ』に生出演し、「久々にちゃんとしたご飯を食べた」と話していました。
神田正輝の過去の恋愛|長谷川理恵との交際と三船美佳の熱愛報道
長谷川理恵とは2010年に交際、2012年に破局

写真は、2017年9月に都内のイベントで料理を披露した長谷川理恵さんです。
モデルの長谷川理恵さんとは、2010年5月の『旅サラダ』での共演をきっかけに交際へ発展したと伝えられています。
2人の年の差は23歳でした。
長谷川理恵さんは2012年2月14日、自身のブログで神田正輝さんとの破局を報告しました。
彼のことが大好きだったし、これからもずっと一緒にいたいと思い、結婚を意識していました
出典:週刊女性PRIME
週刊女性PRIMEは、その思いに神田正輝さんが応えられなかったのが破局の原因だったようだ、というスタッフの話を載せています。
長谷川理恵さんは同じ2012年に、実業家の男性と結婚しました。
三船美佳との熱愛報道は2人で全面否定

三船美佳さんは2024年9月、奈良の国際映画祭に和装で登場しました。
2016年の元日、『旅サラダ』で共演していた三船美佳さんとの熱愛報道が一部で出ました。
神田正輝さんは1月9日の放送後に三船美佳さんと並んで会見し、珍しく怒りをあらわにしています。
何も事実はありません。彼女のお母さんに会ったこともありません
出典:デイリースポーツ
三船美佳さんも「よく、ここまでウソ八百を作り上げたもんだと驚いた」と否定しました。
銀座のクラブのママや共演女優の噂も
2023年の日刊ゲンダイには、クラブ関係者の話として、銀座のクラブのママとの関係が続いているという情報が載りました。
まとめサイトには、ドラマで夫婦役を演じた女優との再婚説もあります。
どちらも本人が語った話ではないので、確かなこととは言えません。
岡田有希子との交際説は?まとめサイトに載る噂

まとめサイトの中には、1986年に18歳で亡くなったアイドルの岡田有希子さんと、神田正輝さんが交際していたと書くところもあります。
このサイトが材料にしているのは、当時の報道陣の印象やネット上の書き込みです。
交際を伝える大手メディアの記事は見当たらず、神田正輝さん本人がこの話に触れた記事も確認できませんでした。
事実かどうかは確認できない噂の一つです。
神田正輝は再婚の発表なし!松田聖子と離婚後は「内縁の妻」と週刊誌が報道
神田正輝さんは1997年に松田聖子さんと離婚してから再婚の発表がなく、現在は週刊誌が「内縁の妻」と伝える女性がいます。
- 再婚を発表した記事は見当たらず、2017年には「もう僕は1回で十分です」と話していた
- 文春は2024年に長年のパートナーとされる女性との食事を、女性自身は「内縁の妻」との生活を報じた
- 女性の名前は出ておらず、本人の説明もない
- 松田聖子さんとは1985年に結婚し、1997年に離婚した
- 娘の神田沙也加さんは2021年12月18日に35歳で亡くなった
- 長谷川理恵さんとは2012年に破局し、三船美佳さんとの熱愛報道は2人で否定した
最後までお読みいただきありがとうございました。
