官房長官会見で質問を重ね、映画『新聞記者』の原案者としても知られる望月衣塑子(もちづき いそこ)さん。

私生活では2009年夏に結婚し、2人の子どもを育てています。
夫も新聞記者で、以前は教師をしていました。
氏名や勤務先、顔写真は公表されていません。
ネット上には夫の実名や勤務先、自宅などの説もありますが、本人の発言や法人媒体の取材で確認できる範囲とは隔たりがあります。
今回は望月衣塑子の夫は元教師の新聞記者!2009年の結婚と子供2人の現在という事で、望月衣塑子さんの旦那さんや子供について情報をまとめました。
望月衣塑子の夫は元教師の新聞記者
夫も同業者で別の新聞社に勤務
望月衣塑子さんの夫は、望月さんと同じ新聞記者です。
2017年の文春オンラインのインタビューでは、注目を集めた後の家族の反応について、次のように答えています。
「夫は同業者なので大丈夫ですね」
引用元:文春オンライン

Business Insider Japanも、夫を「同業者」としたうえで、当時は単身赴任中だったと報じています。
日刊ゲンダイDIGITALは、夫が望月さんとは別の会社に勤める記者で、名古屋へ単身赴任していたと伝えました。
一方、「全国紙の先輩記者」とする紹介もありますが、夫の勤務先を本人が明かした一次資料は確認できません。
記者になる前は教師をしていた
夫には教師として働いた経歴があります。
2022年の小説丸のインタビューで、望月さんは単身赴任から戻った夫が子育ての中心になったと説明しました。
「夫は元教師なので勉強でも遊びでも子供に物事を教えるのがとてもうまい」
引用元:小説丸

夫がどの学校で何を教えていたのか、教員から記者へ転職した時期は公表されていません。
氏名・顔・勤務先は公表されていない
望月さんは夫について仕事や子育てのエピソードを語っていますが、氏名、年齢、顔写真、勤務先の社名は明らかにしていません。
ネット上では複数の記者名が夫として挙げられています。
しかし、いずれも本人の公表や所属社の紹介で確認できる情報ではありません。
実名を別人と結び付けることは、その人物と家族にも影響します。
確認できる結論は、夫が元教師で、他社に勤める新聞記者であるという点までです。
望月衣塑子と夫は2009年夏に結婚
馴れ初めや交際期間は非公表
ウートピのインタビューによると、望月さんは整理部、さいたま支局、本社社会部を経て、2009年夏に結婚しました。
夫婦がともに新聞記者であるため、「取材現場で出会った」「仕事を通じて知り合った」と説明されることがあります。
ただし、本人が出会いの場所や交際開始の経緯を語った資料は見当たりません。
記者同士であることだけを根拠に、馴れ初めを特定することはできません。

夫婦ゲンカでは夫に言い負かされることも
望月さんは文春オンラインで、夫からSNSでの発言に気を付けるよう言われていると話しています。
夫婦ゲンカについては「けっこう言い負かされます」と回答しています。
忘れ物などを夫に注意されると、素直に従うという家庭での一面も明かしました。
これは本人が語った具体的なエピソードです。
一方で、夫婦の力関係や性格を外部から決めつけられる材料ではありません。
望月衣塑子の子供は2人
第1子は2011年生まれで第2子もいる
望月さんには2人の子どもがいます。
ウートピの取材では、2011年の東日本大震災直前に第1子を出産し、約1年間の育児休業を経て2012年4月に復職したと説明しています。
その後に第2子を出産し、2014年4月に職場復帰しました。
2018年3月の日刊ゲンダイDIGITALは、当時の子どもを6歳と4歳と報じています。
子どもの氏名、顔写真、学校は公表されていません。
2026年現在の生活についても、本人は詳細を明かしていません。

夫の名古屋単身赴任中は仕事と育児を両立
子どもが幼かった頃、夫は名古屋へ単身赴任していました。
Business Insider Japanの取材では、望月さんが午前9時から午後6時ごろまで働き、子どもを迎えに行く生活を説明しています。
ウートピでは、夫が単身赴任し親も遠方にいるなかで2人を育てた先輩記者を例に挙げ、「自分なりになんとかなる」と考えたと語っています。
2022年のインタビュー時点では夫が単身赴任から戻り、夫を中心に家事や育児を分担していると説明しています。
確認できる変化は、単身赴任中と帰任後で子育ての体制が変わったことです。
家族の支えを望月さんの活動理由として単純化することはできません。
望月衣塑子の家族と記者としての経歴
父は業界紙記者で母は演劇関係者
望月さんは1975年、東京都生まれです。
父は業界紙の記者、母は演劇に関わる仕事をしていました。
弟は俳優・演出家として活動してきた望月龍平さんです。
小学生の頃は児童劇団に入り、舞台女優を志した時期もありました。
その後、南アフリカのアパルトヘイトを扱った吉田ルイ子さんの著書を読み、記者を目指したと本人が振り返っています。
慶應義塾大学法学部を卒業後、2000年に中日新聞社へ入社しました。
県警や東京地検特捜部、経済部などを担当し、社会部記者として武器輸出や政治・社会問題を取材してきました。
2025年に自叙伝を刊行し2026年も取材を継続
2025年8月には、初の自叙伝『ブレない人』を講談社から刊行しました。
講談社の著者紹介では東京新聞社会部記者とされ、県警や東京地検特捜部、社会部遊軍記者としての経歴が掲載されています。

2026年も東京新聞の公式YouTube企画「望月衣塑子が行く」で、政党代表や国会議員への取材を続けています。
3月には社民党代表選、5月には安定的な皇位継承をめぐる政党会合を取材した動画が公開されました。
新聞記事、著書、動画を通じた発信を続けていることが、2026年に確認できる活動です。
望月衣塑子が明かした夫と2人の子供との生活
望月衣塑子さんは2009年夏に結婚し、2人の子どもを育てています。
夫は別の新聞社に勤める記者で、記者になる前は教師でした。
名古屋への単身赴任を終えた後は、家事や育児を中心となって担っていると本人が話しています。
一方、夫の氏名・社名・顔、子どもの氏名・学校、夫婦の詳しい馴れ初めは公表されていません。
家族については、本人が自ら語った範囲と取材時点を区別することが大切です。
2026年も望月さんは東京新聞記者として取材と動画発信を続けています。
