歌手の西城秀樹さん。
「YOUNG MAN」などのヒット曲で知られ、2018年5月16日に63歳で亡くなりました。

その西城秀樹さんの奥さんは、大阪のコンサルタント会社で下水道の設計をしていた木本美紀さんです。
2001年に結婚し、3人の子供に恵まれました。
結婚の直後から始まった脳梗塞との闘いを、美紀さんは亡くなるまでの17年間、そばで支え続けました。
今回は西城秀樹の奥さんは木本美紀さん!姉の店での“お見合い”と「木本龍雄の妻に」のプロポーズ、闘病を支えた日々と子供3人という事で、西城秀樹さんの奥さんや子供について情報をまとめました。
西城秀樹の奥さんは誰?元会社員の木本美紀さん
大阪で下水道の設計をしていた女性

写真は、美紀さんが著書の出版に合わせて公開した、西城秀樹さんと美紀さん、3人の子供の家族写真です。
- 名前:木本美紀さん
- 出身:大阪
- 出会った当時:28歳、コンサルタント会社の会社員
- 西城秀樹さんとの年齢差:17歳(「18歳」とする報道もあり)
- 著書:『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年』(2018年、小学館)
出会ったころの美紀さんは、大阪のコンサルタント会社に入って5年目のOLでした。
西城秀樹さんは2001年の婦人公論のインタビューで、彼女の仕事を「下水道の設計」だと紹介しています。
現場に出たり、夜遅くまで図面を引いたりする毎日で、芸能界のことはほとんど知らなかったそうです。
美紀さんの実家については、父親が不動産や建設関係の会社を経営する資産家だという噂もあります。
出典が示されていない話なので、噂の一つとして見ておきましょう。
結婚を機に会社は辞めていて、西城秀樹さんは辞めるのを「もったいない」と感じていたと話していました。
2001年5月7日に入籍、プロポーズは「木本龍雄の妻に」
NEWSポストセブンの記事によると、プロポーズは出会いから約3か月後の2000年のクリスマスイブでした。
「きみと一緒に住みたい」と切り出したあと、本名の木本龍雄としての言葉を続けたそうです。
西城秀樹の妻じゃない。(本名の)木本龍雄の妻になってほしいんだ
出典:NEWSポストセブン
2人は2001年5月7日に入籍し、6月30日に静岡県下田市の白浜神社で結婚式を挙げました。
新婚当時のインタビューでは、仕事と家庭を分け、奥さんにはパーティーなど芸能界の付き合いをさせないと話しています。
曲「Jasmine」は、奥さんのために歌った曲だと明かしています。
僕らの出会いから結婚までの物語を曲に込めて、彼女に贈りました
出典:婦人公論.jp
西城秀樹と奥さんの馴れ初め|姉のステーキハウスで”お見合い”
美紀さんの著書では、父に連れられて行った店で対面
美紀さんが2018年に出した著書『蒼い空へ 夫・西城秀樹との18年』では、出会いはお見合いだったと書かれています。
ある日突然、美紀さんは父親に大阪のステーキハウスへ連れて行かれました。
その店を経営していたのが西城秀樹さんのお姉さんで、美紀さんの父親と親しかったそうです。
美紀さんには知らされないまま、”お見合い”の席が用意されていたんですね。
初めて2人きりで食事をした日、西城秀樹さんは車で送るつもりでいました。
ところが美紀さんは申し出を断り、乗ってきた自転車で帰ってしまったそうです。
西城秀樹本人は「知人を交えた食事会」と話していた
一方、西城秀樹さんは2001年の婦人公論で、約2年前に知人を交えた食事会で知り合ったと話していました。
真剣に付き合い始めたのは、インタビューの1年ほど前からだそうです。
初デートに自転車で現れた彼女に驚くと、「近いから」と平然と答えたというエピソードも語っています。
一緒にいると肩の力が抜けて、自然体でいられたと振り返っていました。
交際が深まるより先に、両家の家族のほうが仲良くなっていたそうです。
実家のステーキハウスやディナーショーに家族で来るうちに、結婚の話が自然とまとまっていきました。
美紀さんの著書ではお姉さんの店での”お見合い”、西城秀樹さんの話では約2年前の食事会で、場面も時期も違っています。
どちらの話にも、お姉さんの店や両家の付き合いが出てきます。
西城秀樹の闘病を奥さんが支えた17年
最初の脳梗塞は結婚した年の秋、美紀さんは長女を妊娠中
結婚して間もない2001年の秋、帰宅した西城秀樹さんは「なんか、ふらつくんだよね」と不調を訴えました。
検査の結果は脳梗塞で、1週間ほど入院しています。
当時は「二次性多血症」と発表されていました。
美紀さんは2018年12月の『徹子の部屋』で、点滴を受けて退院でき、後遺症もなかったので公表しなかったと話しています。
このとき美紀さんのお腹には長女がいて、西城秀樹さんは翌2002年に47歳で父親になりました。
2003年6月には韓国で再び脳梗塞を起こし、2011年12月にも再発が分かっています。
その後も右半身のまひと向き合いながら、リハビリ専門のジムで1回3時間のトレーニングを週3〜5日続けていました。
2018年5月16日、63歳で死去
2018年4月の「同窓会コンサート」でステージに立ってから11日後、家族で夕食を終えたあとに容体が急変しました。
医師からは「もって1週間」と告げられましたが、意識が戻らない状態が22日間続き、5月16日に亡くなりました。
子供たちは学校帰りに病室へ寄り、話しかけたりヒット曲のメドレーを流したりしていたそうです。
葬儀・告別式では美紀さんが喪主を務め、ファンからの手紙に家族が何度も励まされたと感謝を伝えました。
長い闘病生活について、美紀さんは介護をしているという意識はなかったと話しています。
私にできることを続けてきただけなんですよ
出典:介護ポストセブン
2018年11月には、公表していなかった病状や最期の3週間をつづった著書を出版しています。
西城秀樹の子供は3人|長男・木本慎之介は歌手に
長女・莉子さん、長男・慎之介さん、次男・悠天さん
子供は2002年生まれの長女・莉子さん、2003年生まれの長男・慎之介さん、2005年生まれの次男・悠天さんの3人です。
長男が生まれて半年もたたないうちに3人目の妊娠が分かり、年子の3人きょうだいになりました。
美紀さんは、父の病気のことを子供たちがそろった場で包み隠さず伝えてきたそうです。
2020年1月の介護ポストセブンでは、3人がそれぞれ母の誕生日を祝ってくれたことを、墓前に報告したと話していました。
パパ、嬉しいことがあったの。あなたの子供たちはとってもいい子に育っているよ
出典:介護ポストセブン
夫を亡くして半年がたったころには、子育てへの思いをこう語っていました。
これからは子供達と4人で力を合わせて育て上げる、そこが一番と考えています
出典:デイリースポーツ
長女と次男については、進学先や仕事を家族が明かした記事は見当たりません。
まとめサイトには、父の親友だった歌手が、同じ2002年生まれの娘と莉子さんの20歳を一緒に祝ったとブログにつづった、という話が載っています。
次男の悠天さんについても、パリで描いた絵がポスターになった、西城秀樹さんのお墓をデザインしたといった話があります。
どちらも裏付けになる記事は見当たらず、確かな話とは言えません。
長男・木本慎之介はサッカーから歌の道へ

写真は、2026年2月に初舞台で初主演を務めた長男の木本慎之介さんです。
慎之介さんは高校時代にプロサッカー選手を目指していましたが、オスグッド病でサッカーを諦めました。
そのときに父の映像を見て、「カッコいいな、同じ歌手の道に進みたい」と思ったそうです。
2024年3月からは、芸能事務所「MA PROMOTIONS」に所属しています。
父に「似てるって言われたい」と話す一方で、子供のころは父と一緒にいるところを友だちに見られたくなかったと振り返っています。
2025年には音楽番組で「ブルースカイ ブルー」を歌い、2026年2月には舞台『ReAnimation THE ORIGIN』で主演しました。
歌い方のビブラートが父に似ていると言われると、「お父さんのファンに怒られそう」と笑っていました。
親も偉大なんで、比べられたりするので、辞めようかなと思ったことも何度もあったけど、挑戦するって自分で決めたので
出典:デイリースポーツ
西城秀樹と十朱幸代の交際説|自叙伝の「婚約寸前で別れた男性」は名前を伏せたまま
約30年前に真剣交際が取りざたされた13歳年上の女優

写真は、2018年10月に初めての自叙伝の発売記念イベントに出席した女優の十朱幸代さんです。
十朱幸代さんは13歳年上の女優で、約30年前に西城秀樹さんとの真剣交際が取りざたされたことがあります。
自叙伝『愛し続ける私』には、婚約会見を開く寸前で別れた男性とのエピソードが書かれています。
相手の名前は伏せられていて、デイリースポーツは西城秀樹さんを「連想させるエピソード」と書いています。
イベントで十朱幸代さんは、別れの理由を次のように話しています。
お互いの家族や周りの大きな反対で、自分もそこを押し切る自信がなかった
出典:デイリースポーツ
当時を「40代終わりだと思う」と振り返り、相手の死去については「心の中でサヨナラをしました」と話していました。
2人の真剣交際は当時取りざたされていましたが、自叙伝の男性が西城秀樹さんかどうかは別の話です。
十朱幸代さんはイベントでも相手の名前を明かしていないので、西城秀樹さんと決めつけることはできません。
西城秀樹の奥さんは木本美紀さん!3人の子供を育て、闘病を支えた
西城秀樹さんの奥さんは、大阪で下水道の設計をしていた木本美紀さんです。
- 出会いは、美紀さんの著書では姉のステーキハウスでの”お見合い”、本人の2001年の話では約2年前の「知人を交えた食事会」
- 2000年のクリスマスイブに「木本龍雄の妻になってほしい」とプロポーズ
- 2001年5月7日に入籍し、6月30日に白浜神社で挙式
- 結婚した年の秋に最初の脳梗塞を起こし、美紀さんは2018年に亡くなるまで闘病を支えた
- 子供は長女・莉子さん、長男・慎之介さん、次男・悠天さんの3人
- 長男の木本慎之介さんは歌手として活動し、2026年に初舞台で初主演
- 女優の十朱幸代さんとは約30年前に真剣交際が取りざたされた。自叙伝の男性が西城秀樹さんかどうかは不明
最後までお読みいただきありがとうございました。
