CMディレクターから作家へ転身し、「受け月」「機関車先生」などで直木賞を受賞した伊集院静(いじゅういんしずか)さん。

2023年11月24日、肝内胆管がんのため73歳でこの世を去りました。
作家として多くの人に愛された伊集院静さんですが、私生活では3度の結婚を経験しています。
特に、女優・夏目雅子さんとの結婚は、7年間の不倫関係の末に実現したものとして知られていますね。
今回は伊集院静の嫁は夏目雅子・篠ひろ子と3度目の結婚!不倫の末の再婚や最初の妻の子供も調査という事で、伊集院静さんの結婚遍歴や子供について情報をまとめました。
伊集院静のプロフィールと経歴|広告マンから直木賞作家へ
結婚遍歴を見る前に、伊集院静さんの経歴から確認していきましょう。
本名:西山忠来(にしやま ただき)
生年月日:1950年2月9日
出身地:山口県防府市
学歴:立教大学文学部卒業
デビュー:1981年『皐月』で作家デビュー
代表作:『受け月』『機関車先生』『乳房』『ノボさん』
伊集院静さんは立教大学卒業後、広告代理店「シマ・クリエイティブハウス」に入社しました。
その後はCMディレクターとして頭角を現し、松田聖子さんや薬師丸ひろ子さんらのツアー演出やファッションショーも手がけています。
実はこのCM業界での仕事が、後の結婚相手・夏目雅子さんとの出会いにもつながっていきます。

1981年に小説『皐月』で作家デビューした伊集院静さんは、その後も精力的に執筆を続けました。
主な受賞歴は次の通りです。
- 1991年:吉川英治文学新人賞
- 1992年:直木賞(「受け月」)
- 1994年:柴田錬三郎賞(「機関車先生」)
- 2002年:吉川英治文学賞
- 2016年:紫綬褒章
1992年に直木賞を受賞した年は、後述する篠ひろ子さんとの結婚を決意した年でもあります。
仕事の節目と人生の節目が重なっていたことになりますね。
作家として大きな実績を残す一方、私生活では3人の女性と結婚しており、そのたびに大きな喜びと悲しみを経験してきました。
ここからは、それぞれの結婚について詳しく見ていきましょう。
伊集院静の最初の妻|2人の娘をもうけるも1980年に離婚
伊集院静さんが最初に結婚したのは、広告代理店の会社員時代だったとされています。
1人目の妻については、詳しいプロフィールや顔写真は公表されていません。
一般の方であるため、これは当然の配慮と言えるでしょう。
結婚時期も明確にはわかっていませんが、次の事実から時期を推測することはできます。
1976~1977年、長女が誕生
1978年、次女が誕生
1980年、1人目の妻と離婚
1984年、7年間の不倫を経て夏目雅子さんと再婚
この時系列から、大学を卒業した1972年から長女が誕生する1976年頃までの間に結婚していたと考えられます。
離婚の直接的な理由は公表されていませんが、後述する夏目雅子さんとの不倫関係が始まった時期と重なる部分があるようですね。
次女・西山繭子は俳優として活躍
1人目の妻との間に生まれた次女・西山繭子(にしやま まゆこ)さんは、俳優として活躍しています。

テレビドラマ「愛なんていらねえよ、夏」「瑠璃の島」などに出演し、映画や舞台でも活動している方です。
西山繭子さんは、伊集院静さんが出生前に家を出たため、父親の顔を知らずに育ちました。
2歳の頃に両親は正式に離婚し、幼稚園の頃、母親から新聞に載った伊集院静さんの写真を見せられ、初めて父の存在を知ったといいます。
母親は離婚後、保険の外交員として働きながら2人の娘を育てたそうです。
それでも母親は、娘たちの前で伊集院静さんを悪く言うことは一切なく、「お父さんはハンサムで男らしい」と褒めていたと伝えられています。
複雑な離婚劇の裏で、家族なりの穏やかな関係が保たれていたことがうかがえますね。
伊集院静と夏目雅子は7年の不倫の末に結婚|27歳での死別まで
伊集院静さんの結婚遍歴の中でも、特によく知られているのが夏目雅子さんとの結婚です。

夏目雅子さんは「伝説の女優」とも呼ばれる、日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を3回受賞した実力派女優です。
夏目雅子はどんな女優だったのか
1957年12月17日、夏目雅子さんは東京・六本木の輸入雑貨店の娘として生まれました。

小学校の頃から俳優になることを夢見ていた夏目雅子さんは、1976年にテレビドラマ「愛が見えますか…」のオーディションでヒロイン役を勝ち取り、俳優デビューを果たします。

1977年には山口銀行の広告に採用され、その後カネボウ化粧品「クッキーフェイス」のCMで一躍注目を集めます。

映画「鬼龍院花子の生涯」「時代屋の女房」などにも出演し、日本アカデミー賞では最優秀主演女優賞を3回、同助演女優賞を1回受賞しています。

まさに順風満帆な女優人生を歩んでいた夏目雅子さんですが、この後、伊集院静さんとの運命的な出会いを迎えます。
カネボウ化粧品のCMで出会い、不倫関係へ
1977年、当時27歳だった伊集院静さんは、カネボウ化粧品「クッキーフェイス」のCM撮影で夏目雅子さんと出会いました。

このCMをきっかけに、夏目雅子さんは一躍人気女優への道を歩み始めます。

そして仕事を通じて親しくなった2人は間もなく不倫関係となり、伊集院静さんは家を出ました。
1980年に1人目の妻と離婚したあとも、2人はすぐには結婚に至りませんでした。
桃井かおりとの三角関係も噂に
2人が結婚するまでの間、伊集院静さんは俳優の桃井(ももい)かおりさんとも交際していたと言われています。

ただ、これはあくまで当時から語られている噂であり、本人が公式に認めた話ではありません。
三角関係に危機感を抱いた夏目雅子さんが、桃井かおりさんに伊集院静さんを取られまいと結婚を決意した、とも噂されているようですね。
確たる証言があるわけではないので、あくまでも当時の芸能界に流れていた噂話程度にとどめておくのが良いでしょう。
1984年8月27日、7年間の交際を経て、伊集院静さんと夏目雅子さんはついに結婚しました。

写真は新婚生活について語る夏目雅子さんで、本当に幸せそうな笑顔を浮かべていますね。
現代の感覚では大きなスキャンダルになりそうな結婚劇ですが、当時のお2人を悪く言う声はほとんど聞かれません。
結婚からわずか5か月後に発病、27歳での死去
7年間の交際を経てようやく夫婦となった2人でしたが、幸せな時間は長くは続きませんでした。
結婚から僅か5か月後の1985年2月、夏目雅子さんは急性骨髄性白血病と診断される

約7ヶ月にわたる闘病生活の末、夏目雅子さんは同年9月11日、肺炎を併発し27歳の若さで帰らぬ人となりました。
伊集院静さんは晩年になっても、夏目雅子さんとの最期の思い出をたびたび語っていました。
彼女を抱きかかえて病室の窓辺に行き、二人してしばらく花火を眺めた。「ありがとう、もういいわ」と彼女は言い、私はベッドに移した。
引用:伊集院静「身近な人の死」は残された人に何を教えてくれるのか。(婦人公論.jp/https://fujinkoron.jp/articles/-/16493)
この一節は、夏目雅子さんとの最後の夏を振り返った伊集院静さん自身の言葉です。
妻を亡くしてからの伊集院静さんは自暴自棄になり、約1年間、酒や賭け事に明け暮れる荒廃した日々を送っていたそうです。
アルコール依存で入院までしたものの、周囲の支えもあって、なんとか作家活動へ復帰しています。
長らく夏目雅子さんとの日々を語ることはありませんでしたが、2011年の東日本大震災をきっかけに、悲しむ人々の力になればと2017年に著書「さよならの力 大人の流儀7」を出版しました。

最愛の妻を失った悲しみと、その後の再生について綴られたこの本は、伊集院静さんにとって一つの区切りだったのかもしれませんね。
夏目雅子さんの遺志は「ひまわり基金」に受け継がれている
夏目雅子さんの死後、母・小達スエさんと兄・小達一雄さんは「夏目雅子 ひまわり基金」を設立しました。

闘病中に用意していたウィッグ(かつら)を無償で貸し出す事業で、脱毛を怖れて治療をためらう患者を減らしたいという思いから始まったそうです。
現在も毎年500~700人ほどにウィッグが無償で貸し出されており、夏目雅子さんの存在が今も多くの人を支えていることがわかりますね。
伊集院静は篠ひろ子と再々婚|2023年11月の死去まで添い遂げた32年
夏目雅子さんとの死別後、伊集院静さんが生涯の伴侶としたのが女優の篠ひろ子(しの ひろこ)さんです。

夏目雅子さんを偲ぶ会で出会い、直木賞受賞を機にプロポーズ
2人は、夏目雅子さんを偲ぶ会で、夏目雅子さんの兄・小達一雄さんの妻で元キャンディーズの田中好子(たなかよしこ)さんを介して知り合ったそうです。
夏目雅子さんと篠ひろ子さんは、本当の姉妹のように親しい間柄だったのだとか。
1992年7月15日、伊集院静さんは「受け月」で直木賞を受賞し、夏目雅子さんの7回忌が済むのを待って篠ひろ子さんとの結婚を決意しました。
プロポーズの言葉は「僕の生まれたところを見に来ませんか」だったと伝えられています。
作家らしい、情緒のある言葉ですね。
1992年8月7日、当時44歳だった伊集院静さんは篠ひろ子さんと再々婚しました。
仙台へ移住し、女優業を退いた篠ひろ子
結婚後、篠ひろ子さんは女優としての活動の第一線から退き、地元・宮城県仙台市へ移住しました。
1997年のドラマ出演を最後に、明確な引退宣言はしないまま表舞台から姿を消したそうです。
この点について篠ひろ子さんは、後のインタビューで「ずっと自信がなかった」「自分のことを話すのは苦手」と振り返っています。
2人に子供はおらず、篠ひろ子さんは趣味の料理を楽しむなど、伊集院静さんとの穏やかな暮らしを大切にしていたようですね。
「結婚生活は3年だ」と周囲に言われながらも、実際には31年もの歳月を伊集院静さんと共に過ごしたと、篠ひろ子さんは後に振り返っています。
それだけ深い絆で結ばれた夫婦だったということでしょう。
2023年11月24日、73歳で死去。篠ひろ子のコメント全文
再々婚から31年の月日が経った2023年10月27日、伊集院静さんは肝内胆管がんとの診断を受け、執筆活動を休止しました。

その約1か月後の同年11月24日、伊集院静さんは73歳で永眠しました。
訃報にあたり、篠ひろ子さんは本名の西山博子名義で、次のようなコメントを発表しています。
いつもお世話になっております皆様へ 突然のご報告となりますが、11月24日伊集院静は永い旅に出てしまいました。かねてより肝内胆管がんの治療をしておりましたが、残念ながら回復に至りませんでした。自由気ままに生きた人生でした。人が好きで、きっと皆様に会いたかったはずですが、強がりを言って誰にも会わずに逝ってしまった主人のわがままをどうかお許しください。最期まで自分の生き方を貫き通した人生でした。私たちに寄り添って2人だけの時間を作って下さった皆様、そして応援してくださったファンの皆様に心より御礼を申し上げます。ありがとうございました。西山博子 令和5年11月24日
引用:伊集院静さん死去 73歳 最期まで自分の生き方を貫き「自由気ままに生きた人生でした」【妻のコメント全文】(ORICON NEWS/https://www.oricon.co.jp/news/2303945/full/)
誰よりも近くで支え続けた篠ひろ子さんだからこそ書ける、深い愛情の伝わる言葉ですね。
2024年3月には「お別れの会」が開かれ、篠ひろ子さんが夫との思い出を語りました。
肝心な時にやさしさがあります。肝心なところで、不思議な人でした。
引用:「お別れの会」で女優篠ひろ子さんが語った夫・伊集院静の思い出(nippon.com/https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02388/)
73年という生涯は決して長くはありませんが、伊集院静さんの人生の密度は誰よりも濃かったと言えるのではないでしょうか。
夏目雅子さんと篠ひろ子さん、それぞれとの間に育まれた深い愛情が、伊集院静さんの作品にも生き続けているのかもしれませんね。
伊集院静は夏目雅子・篠ひろ子と3度の結婚をした作家!
今回は伊集院静の嫁は夏目雅子・篠ひろ子と3度目の結婚!不倫の末の再婚や最初の妻の子供も調査という事で、伊集院静さんの結婚遍歴や子供についての情報をまとめました。
- 最初の妻との間に2人の娘が誕生し、1980年に離婚。次女・西山繭子さんは俳優として活躍
- 2人目の妻・夏目雅子さんとは7年間の不倫関係の末に1984年結婚。しかしわずか5か月後に白血病を発症し、27歳で死別
- 3人目の妻・篠ひろ子さんとは1992年に再々婚。仙台に移住し31年連れ添うも、2023年11月に伊集院静さんが73歳で死去
以上の内容がわかりました。
最後までお読みいただきありがとうございました。